Derrida Today会議第9回(2026年7月13-17日、フランス、パリ高等師範学校)


2026年7月13-16日、フランス、パリの高等師範学校にて国際会議「Derrida Today」第9回が開かれた。デリダ没後から2年に1度開催される国際会議で、基調講演と企画パネル、映画上映などが組まれ、過去最大の約300の発表がおこなわれた(オンライン発表もわずかに併催)。高等師範学校はデリダが長年教鞭をとっていた学校で、メモリアルな場所での開催に世界各国から研究者が集った。日本からは12名が現地、1名がオンラインで参加した。今年はヨーロッパを熱波が襲い、まれに見る酷暑。大ホールだけは冷房が効いていたが、各教室にはほぼ効果のない扇風機1台だったので、参加者は汗だくだった。

今回のDerrida Today会議の参加費はこれまででもっとも高額だった。5日間の昼食が含まれているとはいえ(あいにく、いつものウエルカム・パーティーは実施されなかった)、早期登録でも490ユーロ(約9万円)。前回が330ユーロだったので、とくに学生には厳しい参加費。主催者によると、戦争による物価高、大都市パリの価格などの悪条件が重なったためだという。

ちなみに、今回の宿泊は宮﨑、亀井、柿並、テネフさんらとともに3LDKのアパートをAirBNBで一週間借りた。滞在費を抑えるために、私は例年、学生らとのフランス滞在ではパリ南の郊外(地下鉄7番線Villejuif周辺)にある安価な宿を利用してきた。昨今は円安が厳しいので、AirBNBを利用した長期滞在は効果を発揮して、今回も一人あたり一週間35,000円ほどで済んだ。カップ麺やレトルト食材などを持参して高額な外食費を浮かせるなど、節約の余地はある。


Derrida Today会議にはつねに参加する顔なじみのベテラン勢もいる一方で、初参加の修士・博士課程の若手も多い。毎回、デリダ研究のトレンドを計り知ることができるが、今回は主題がばらけている印象があった。Derrida Today会議は英語がメインだが、今回はパリ開催のため、フランス語での発表や議論も多かった。近年出版された講義録では、『証言』『同から他へ』『物』に関するパネルが組まれた。とりわけ、「物」講義に関する数々の研究発表では、ハイデガー、ブランショ、ポンジュ、フロイトなどが濃密に論じられ、いずれも圧巻だった。

全体セッションでは、アヴィタル・ロネルとジェフリー・ベニントンの研究に関するセッションが設けられた。デリダのみならず、デリダ関連の研究者の仕事もまた回顧の対象となるほど世代が巡ったということだ。また、基調講演としては、以下が組まれた。
- Isabelle Alfandary “The Drives of Deconstruction”
- David Farrell Krell, “Derrida’s Two Grandfathers: Freud and Heidegger”
- Elissa Marder, “An(t)economies: Derrida’s Secret Corpus”
- Marc Crepon, “Effraction du témoignage”

「デリダ叢書」に関するラウンドテーブル     

現在刊行されている「デリダ叢書」に関するラウンドテーブルでは、編集責任者らが一同に介して、出版の現状と今後の見通しが説明された。登壇したのは、パスカル=アンヌ・ブロー、アルベール・ディシー、ニコラス・コットン、デヴィッド・ウィルズ、ジェフリー・ベニントン、マイケル・ナース、エリザベス・ロッテンバーグである。

2004年のデリダの没後から講義録原稿の刊行がガリレ社で開始され、2018年からはスイユ社が出版を引き継いでいる。講義録の編纂では、デリダの引用の特定には骨が折れるという。デリダは引用を直接テキストに組み込んだり、たんに「引用」とだけ書いていたりするため、特定に時間がかかるからだ。ただ、プリンストン大学に収蔵されているデリダの個人蔵書が整備されて、特定作業に役立っている。講義録の刊行は逆時代順で年度を遡って出版する形と、重要な年度の講義を出版する形をとっている。ただ、前者に関して言えば、『証言』講義(1992-95年)が最後まで刊行されたあとは、『哲学のナショナリティとナショナリズム』(1984−85年)を先に刊行することが決定したばかりだ。現在の世界的な混乱とリスクの高まり、とくにナショナリズムの沸騰や権威主義体制への移行を踏まえた上での決断である。デリダによれば、「アーカイブは私たちを事前‐占有している(L’archive nous pré-occupe)」。私たちがアーカイブに関心を抱く前からアーカイブはすでに現存しており、私たちの選択を通じて、アーカイブは未来への決断に役立つのである。

ディシーはIMECでのデリダ・アーカイブの意義について語った。IMECにしか保管されていない資料は膨大な書簡である。デリダの往復書簡は膨大で、アルチュセール、レヴィナス、バルト、フーコー、ポンジュ、ジュネといったすべての友人たち、さらには敵対していた人物からの手紙も含まれている。著者の原稿とは異なり、手紙は他者から著者に届いたテクストである。書簡のアーカイブは、著者のナルシシズムと他者性の均衡点を翻訳している。ちなみに、ボードリヤールは毎朝郵便物を受け取ると、通りに出てゴミ箱の前で手紙を読んで、そのままゴミ箱に捨てていたため、手紙が残っていない。収集癖のあるデリダの場合、すべての手紙が残っている。すべてが保管されているからこそ、アーカイブから逸脱するような何かが感じられ、記憶以上の何かが残されるという。デリダは自分のすべての人生を愛していた、つまり、人生のすべての痕跡(アーカイブ)を愛し続けた。

前回に引き続き、俊英のフィリップ・ラインによる発表「ハイデガー、問いの歴史と大学」は迫力があった。デリダは1970年代に哲学教育の活動GREPHに参与していたが、1975-77年の『物』講義でも「大学」の問いが重要である。非人間的な「物」は大学の中に位置づけられない。人間ならざるものを大学の限界において、いかに教えることができるのか。

大学においては自由で中立的な問いかけが重視されるが、脱構築は問いの権威の構造と歴史を問う。大学のロゴス中心主義は人間に固有なものの思考を軸に形成され、語り得ないもの、問いならざるものを排除してしまう。デリダは大学における条件付きの自由を問うべく、すべてを言うための無条件の権利を説いた。『物』講義ではハイデガーとブランショ、大学総長に就任した哲学者と大学に無縁な作家が比較参照される。ブランショにおける思考と不連続性の緊迫性はデリダを魅了した。ブランショは教師と学生、師と弟子を不連続性の関係として再構成するが、これは人間中心主義的な領域だけでなく、物自体の根底でもある。ハイデガーによれば、大学は、人間だけが到達しうる根拠律の上に根拠づけられている。デリダはシレジウスの文言「薔薇は根拠なしに咲く」に着目し、大学を他者へと開くために「根拠なし」こそが肝要だとする。ラインの発表は、デリダの精緻なテクスト読解にもとづいて、物と大学を論じる野心的なもので、今日の環境人文学にも通じる議論に感嘆した。

今回の会議でも、世界中から集った友人たちと再会し、実に楽しい時間を過ごすことができた。数年間会っていないけれど、再会するとすぐに、以前と同じ感覚で談笑できる。同じ時代状況において人文学研究に従事する協同の感覚と歓喜を分かち合った。次回のDerrida Today会議は開催地は未定だが、この学術的催事が継続されるように自分も力を尽くしたい。(記:西山雄二)



 
今回で第9回を数えるDerrida Today。今回の開催地は、フランス・パリの高等師範学校(ENS)である。Derrida Todayの開催地としては、意外にもフランスは初めてである(過去に南仏で計画されたこともあったが、コロナ禍で中止になった経緯がある)。筆者も、デリダが二度の受験失敗を経験した末にここで学び、その後教鞭も執ったことを思い起こし、感慨を覚えつつ現地を訪れた。

例によって5日間にわたる大規模なシンポジウムだったが、私の印象では、今回は参加者全体の関心を一挙に集めるような目玉企画はなかったように思う。前回に引き続き、フィリップ・ラインズの尽力により、出版されたばかりのデリダの1975-77年講義『物』をめぐる企画があり、ブランショやハイデガーとの関連から同講義の再読を促すパネルが目立っていたと言えるだろう。ハイデガーとの関連では、重鎮デイヴィッド・ファレル゠クレルの基調講演「デリダの二人の祖父──フロイトとハイデガー」が印象深いものだった。


ほかには、デリダに直接学び、とりわけ密接に関わった世代の仕事を回顧する企画があった。今回取り上げられたのは、アヴィタル・ロネル(1952年生)、そしてジェフリー・ベニントン(1956年生)の二人である。

Retrospective: The Work of Avital Ronell
1. Michèle Cohen-Halimi - L’Autre cap? Legacy, responsibilities and deconstruction.
2. Jérôme Lebre - Authority and Dependencies
3. Avital Ronell – Response

Retrospective: The Work of Geoffrey Bennington
1. Simon Glendenning - A Break with Nostalgia
2. Michael Naas - Geoffrey Bennington’s Fractal Corpus
3. Francesco Vitale - Sans queue ni tête. An endless reading of Geoffrey Bennington
Response: Geoffrey Bennington

ここでは、3日目の7月15日に行われたベニントン・パネルを簡単に振り返っておきたい。登壇者は三人で、サイモン・グレンデニング、マイケル・ナース、フランチェスコ・ヴィターレがそれぞれベニントンの著作について発表し、それにベニントン本人がコメントする、という形式だった。

グレンデニングの発表は、リオタールの『ポストモダンの条件』を取り上げ──ベニントンはリオタールの専門家でもあり、リオタール研究のモノグラフもある──、それをベニントンのテクストに照らしながら「ノスタルジーとの断絶」を論じるものだった。ヴィターレは、デリダの初期以来の中心的課題の一つが目的論の脱構築であり、ベニントンも、とりわけカント論を通じて、テロスの問題に一貫して取り組んできたことを論じた。

いずれも興味深い発表だったが、とりわけマイケル・ナースのベニントン論は素晴らしいものだった。ナースは、ベニントンの著作の「フラクタル(fractal)」な構造に注目し、それによって彼の仕事全体を特徴づけようとしたのである。

フラクタルとは一般に、部分と全体が同じ形を反復する「自己相似性」をもつ図形やパターンを指す。ベニントンによれば、そもそも脱構築そのものがフラクタルである。それは、ジュリア集合の場合と同じく、任意の小さな断片が、全体を生成するのに十分であるという含意をもつ。

決定的な始まりも終わりもない。それは、ベニントンの著作のタイトルが告げるように、「半ばなく、終わりなし(Not Half No End)」というかたちで、つねに中断されながら続いていく。そこでは終わりは単数ではなく複数形で現れ、差異は、いわば無限に有限なものとして散開していく。

ナースは、ベニントンが、明示的にであれ暗示的にであれ、このフラクタル構造にこだわり続けており、それがデリダの思考と脱構築に準超越論的な説明を与えるものだと論証していく。それは、ベニントンが長年にわたって論じ続けてきた主題であると同時に、彼の著作そのものが実践的に示していることでもある。そのように見ることで、ナースはベニントンの仕事の一貫性と重要性を鮮やかに浮かび上がらせていた。

私なりに長年、デリダとともにベニントンを読み続けてきた者として、これは非常に納得のいく説明だった。1990年代の終わり頃、はじめてベニントンの著作に触れたとき、彼のホームページに掲げられていたのは、まさにフラクタルを形象化するマンデルブロ集合やジュリア集合のイメージだった。それが、一時的な思いつきで選ばれた単なる装飾ではなく、ベニントンの思考に一貫する方針であり、その帰結でもあったことが、ナースの発表によって正確に言い当てられたように感じたのである。

2010年代以降のベニントンの仕事は、継続的に発表されるデリダ論を除けば、カントを扱った『境界におけるカント』と、民主主義や主権批判を中心とした政治哲学的読解の大冊『散乱』(全2巻)に集約される。前者のカント研究では、フランチェスコ・ヴィターレも問いかけていたように、カントが論じる目的論と、カント哲学そのものがもつ目的論的構造とが問題化されている。

また後者『散乱』は、ベニントンの仕事を理解するうえできわめて重要な著作であり、そこには、21世紀における脱構築の行方を左右すると言っても過言ではない重要な論点が満ちている。しかし『散乱』というタイトルが示す通り、ストーリー性を備えた、いわゆる「親切な」書物ではない。その意味で、いまだ踏破の難しい高峰であり続けているのも確かである。ナースによる「フラクタル」という見取り図は、ベニントンの著作に一貫するアプローチを捉え、その問題意識を明らかにするための有力な手がかりとなるだろう。

では、これらの発表に対して、ベニントン自身はどのように答えたのか。即興のやりとりであり、時間の制約もあって、やや断片的な返答だった印象もあるが、とりわけ記憶に残っているのは、ベニントンが、カントが超越論的構想力の深淵を見出してそこから撤退した、というハイデガーのカント書の有名なエピソードを引き合いに出していたことである。

つまり、目的論の哲学を構築したカントは、その目的論的建築物そのものを瓦解させかねない急所を目撃しながら、いわばそこに蓋をしてしまった。ベニントンは、これまで「万物の終わり」や「人類史の憶測的起源」といったテクストを念頭に、このカントの身振りをたどり直してきた。しかし同時にカントを超えて、その問題系を「中断的目的論(interruptive teleology)」と名指し、これを自身の一貫した課題としてきた、ということである。ベニントンの「散乱(scatter)」という主題は、まさにそのような中断と散開のエクリチュールを体現するものだと言えるだろう。

脱構築の準超越論的構造は、ロドルフ・ガシェが『鏡の裏箔』で明らかにしたように、デリダの思考に一貫して現れてくる問題設定である。歴史哲学に内在する「カント的意味における理念」との格闘は、それこそ初期から晩年に至るまで続く、デリダの核心的な問いの一つであると言っても過言ではない。

素朴な終末論のストーリーや黙示録的な語調が世界中の言説を覆いつつある現在、ベニントンの返答からは、デリダの問いを引き受け、それを組み替えながら、新たな思考の局面を切り開こうとする姿勢が垣間見えた。

当日7月15日はデリダの誕生日であった。ベニントンはデリダが生きていれば、96歳になっていたはずだとみずからの話を切り出していた。そのしめくくりに「脱構築は、未来についてもっとも肯定的な思考である」と断言し、「Keep calm and carry on」と静かに語りかけていた彼の姿は、デリダ不在のもと、しかし不在においてこそ現前するその亡霊的な影のなかで、あらためて臆することなく思考し続ける勇気を与えるものであったと言えるだろう。(記:宮﨑裕助)


 私としては8年ぶり5回目のデリダ・トゥデイへの参加だった。コロナ禍を挟んでしばらく遠ざかってしまったが、今回は記念すべきパリでの開催であり、(大げさに言えば)万難を排して参加した。準備は慌ただしかったが、「日本哲学を脱構築する」というパネルで発表もできたことは幸いだった。

 デリダ・トゥデイには、現在のデリダ研究の主要動向であるセミネール刊行プロジェクトの担い手から、ヨーロッパ、アメリカやアジアも含めた世界各国の研究者まで、多彩な人物が集まってくる。発表者はデリダ研究者だけにかぎらず、幅広い分野とテーマに開かれている。やはり現地に参加することで得られることは多いし、自分の研究を外へと開く機会にもなるとあらためて感じた。

 分科会のなかで聴講した発表をいくつか挙げると、1963年のフッサール講義『同じものから他なるものへ』が2024年に刊行されたこともあってか、初期デリダについての発表が少なからずあった。「デリダとサルトル再訪」のセッションでは、著書『デリダ──現象学から倫理への脱構築』で知られるクリチチアナ・ハウルが発表し、講義録の編者ラファエル・オーティエの発表が続いた。ハイデガーに詳しい研究者の参加も目立ち、「共存在、デリダとハイデガー」と題する2つのセッションでは熱心な討議がおこなわれていた。

講義録『物』に関するパネルセッション  

 2026年に刊行されたばかりの『物(La Chose)』は中心的な話題のひとつであり、早くも複数のパネルが組まれていた。この講義録には1975年「ハイデガー/ポンジュ」、1976年「ハイデガー/ブランショ」、1977年「ハイデガー/フロイト」が収録されている。編者フィリップ・ラインの主宰による本講義をめぐるパネルでは、それぞれの内容にバランスよく焦点を当てた3名の発表があった。ジョゼフ・コーエンはデリダにおける「物」のアポリアを考察し、デリダがハイデガーの存在・時間・生起・贈与の論理に対して「物の法(la loi de la chose)」を対置していることを提示した。続いてレスリー・ヒルはブランショの「中性(le neutre)」概念を中心に発表し、「中性」とはニュートラルなものでも否定性でもなく、ハイデガーの場所・収集・存在の真理に対する中断、離散性、非真理であり、デリダの差延に通ずると論じた。最後にベネデッタ・トダロは、『生死』講義と『絵葉書』のフロイト論とのあいだに本講義を挟み込むことで、フロイト解釈が返済不可能な負債という契機へと深まっていく過程を明らかにした。

 会場からほど近い哲学書専門店J.Vrinでは、開催に合わせてデリダのセミネール・シリーズが平積みされていた。私も遅ればせながらLa choseの巻を購入し(最後の一冊だったが、またすぐ補充されたのだろうか)、手元でページを開きながらこのパネルを聴講した。(記:亀井大輔)


 
 デリダよりはナンシーを主に研究する者として、私は今回が初の参加になる。ナンシー研究に関する国際交流の場として、これまで、オンラインで開催された「若手研究者による国際ミーティング」(2025年10月18日)や立教大学で開催された「国際ワークショップ:ジャン゠リュック・ナンシーと「ポスト宗教」の哲学」(2025 年 11 月 24 日)などに参加してきたが、いずれも日本を中心として開催されたものであるため、国外のナンシー研究の雰囲気にも直接触れてみたいと思っていたところ、Derrida Todayがひょっとするとそれに一番近いものかもしれないと思い、応募した。

 応募に際しては、簡単な経歴のほかに、発表要旨を英語、もしくはフランス語で提出する必要があったが、パリで開催されるということもあり、フランス語を選択した。当初は、広く脱構築思想に関するものであれば構わないだろうと思い、定言命法第一の定式をめぐるリオタール「レヴィナスの論理」の議論とナンシー「超過のカテゴレイン」、「怒りの日」の議論を比較検討するという内容で応募したが、いささか考えが甘かったようで、デリダとの関連性をきちんと示してくれと言われた。そのため、デリダ自身は定言命法第一の定式を、それとしては明確に読解しなかったが、『法の力』における決断の狂気をめぐる議論が、定言命法第一の定式をめぐるリオタールとナンシーの対立を読み解く手がかりを与えるはずだ、というかたちで議論を練り直した。外的な事情による変更ではあるが、おかげで議論に深まりが出たと思う。論文として発表するのは少し先になってしまうと思われるため、この場をお借りしてごく簡単に発表の概要を示しつつ、当日の様子をお伝えしたい。

 カントによれば、唯一の道徳法則、定言命法は「その格率が一つの普遍的法則となることを、当の格率を通じて君が同時に意志しうるような格率にのみ従って行為せよ」という、その第一の定式に求められる。リオタールは、この命法を受け取る者は、何が普遍的法則であるかについて考えを述べる立場に身を置かざるをえないのであり、その限りにおいて、行為するかしないかが問題となる立場、命令を受け取る者の立場から身をそらしてしまうのだという。他方で、ナンシーは普遍的道徳法則を立法せよということこそが、定言命法において命じられているのだという。両者の議論を重ね合わせると、定言命法においては、「普遍的法則を判断せよ」、「判断された普遍的法則にしたがって行為せよ」ということが同時に命じられているということが読み取れるが、この二つの命令が絶対的に対立的であるということこそ、デリダが示した決断の狂気を招くだろう、という点を指摘した。そして、そうした定言命法のアポリアにこそ、アーレントが示した注視者と行為者の関係をも考え直す手がかりがあるだろう、というところまで話を進めたかったのだが、時間切れとなり、この点に関しては概要を口頭で説明するにとどまった。発表時間が20分と質疑応答が10分のため、もう少し話す内容を限定する必要があったかもしれない。とはいえ、質疑応答での反応や、後で話しかけてくださった方のコメントをお聞きするかぎり、定言命法のただなかに対立的な命令を見いだすという発表の核の部分は十分に理解していただけたと思う。「責任――来たるべき意味について」でデリダ自身が述べているように、デリダは「定言命法」のような伝統的な哲学的概念を前にすると、しばしば性急にそこから逃れようとするが、ナンシーのほうは、時として危ういまでに、そうした概念を内在的に読み解かんとするのである。

 運よく初日に自分の発表を終えることができたため、2日目からは、とくにナンシーに関連する発表を探しつつ、気楽に参加することができた。「スキャンダラスな死」というナンシーの論文を手掛かりに、「死の練習」を行ってきたはずの哲学者にとっても死が耐え難いということに着目するRona Cohenさんの発表や、ナンシーの語る「文学的」共同体が、クイア理論やフェミニズムにおける書くことの実践に通じることを示すMatteo Maria Paolucciさんの発表、『何のために私たちは芸術を必要とするのか』における「哲学者は芸術家になりたがっているのだ」というナンシーの主張を手掛かりに、思考と芸術の関係を探究する自身の芸術実践を紹介するEwa Bobrowskaさんの発表など、ナンシー研究の観点からも関心をひく発表は多かった。より一般的な主題としても、ロゴス中心主義は本当に西洋に固有な現象であるのかといったものや、脱構築と実在論の関係性をめぐる議論などが、個人的な関心をひいた。

 渡仏は今回が2回目になる。英語やフランス語での研究交流にはまだ不慣れな部分も多いが、以前に「若手研究者による国際ミーティング」でご一緒したMatteoさんと今後も研究交流を行おうと約束できたほか、Entre nousという論集でナンシー哲学の実在論性を指摘しているEszter Horváthさんに、私も同じ観点でナンシーを読んでいるということをお伝えできただけでも、十分に滞在の意義はあったと思う。同時に、国外の研究者に対する自己紹介となるような英語やフランス語の論文がまだ書けていないことを恥じる経験でもあった。日本語における脱構築思想の研究は間違いなく高い水準にある。だからこそ、ある程度日本語だけで研究が進められてしまうという危うさもある。この点には自覚的でありたい。

今回は偶然パリに滞在していたストラスブール大学の友人とも会うことができた。ヨーロッパにおけるハイデガー研究の微妙な状況について教えてくれただけでなく、数年の時間の流れなどまるで問題にならないかのように温かく迎えてくれたことに感謝している。

また、国外に滞在するからこそ、日本語話者とより近い距離で交流できるというのは、副次的でありながらも重要な要素である。今回も中華料理屋で交流の場を設けてくださった西山先生に感謝申し上げたい。(記:小田麟太郎)


前回すなわち第8回アテネ開催時は、自分にとってはパンデミック期を挟んで約5年ぶりの海外出張、2018年に第6回大会が行われたモントリオールに続いて2度目のDerrida Today、そして初めてのギリシャ渡航といった条件が揃ったこともあってか、多くのことが鮮烈な印象とともに記憶に残っている。対して第9回パリ大会は、留学経験のある都市、3度目の参加ということもあり、Derrida Todayとしては初の――第7回マルセイユ大会がパンデミックゆえに幻と化したため――フランス開催でありながら、そこまでの新鮮味を覚えはしなかったかもしれない。

とはいえ、国際学会の雰囲気なり、参加に際して気をつけるべきポイントなり、学会の内容に比して周辺的なことを書き記しておくのも意味のないことではあるまい。とりわけ歴史的な円安の影響を正面から受ける海外出張にどう対応すべきか、置かれている条件はそれぞれに異なるだろうから「正解」が存在するわけではないが、思いつくままに書き出してみよう。

まずDerrida Today Conferenceは、厳密に制度化された組織体系を有する学会ではなく、2年おきに場所を変えて開催される国際会議であり、一種の学術的な「フェス」を想像してもらうと良いかもしれない。この点を前提にすると、それなりに準備が変わってくる。

Derrida TodayではCall for Papersに記されているとおり、パネル発表概要・個人発表のプロポーザルはともに英語ないしフランス語で350語以内と決められている。主催者は大量のアブストラクトを読むことになるので、何よりも論点が明確であることを心がけるとよい(これは実際の発表にも通じる)。個人発表の場合、パネルを構成するために他のどの発表と組み合わせるかという点も検討されるため、運の要素もないわけではなさそうだ。実際、私も一度不採択の憂き目にあったが、次の大会時に同様の主題でプロポーザルを提出したら今度は採択、という経験を経ている。あくまで内容は練った上で、「とりあえず出してみる」くらいの心構えでいてもよいのだろう。

採択されたら色々と準備が必要だが、まずは大会参加費(registration fee)だ。日本の学会に比して海外の学会参加費はかなり高く感じられるが、スナック程度の軽い朝食とランチ(およびレセプション・パーティー1回というパターンが多い)の分も含まれている。参考までにモントリオール大会では早割(early bird)で約339カナダドル(当時3万円弱)、学割約190カナダドル、その期間を過ぎると約380カナダドル(学割約207カナダドル)という設定だった。アテネ大会では早割で330ユーロ(当時約55,500円)、本パリ大会では早割で490ユーロ(約95,000円)となった。資金調達も悩みの種の一つであり、いざというときのために外貨預金を検討しておくべきなのかもしれない。

ちなみに以前、小規模な国際会議の参加費がクレジットカード決済できないことがあり、その際にWise(送金サービス)のアカウントを作成した。その後しばらくは出番がなかったが、海外サイトでの物品の購入や、別の国際会議参加の際の交通費の立て替え払い等で役に立った。クレジットカードの手数料も上がっている現在、Wiseその他の送金サービスのデビットカードまたはアプリを決済手段として検討するのもよいだろう。

また早めに着手すべきは航空券と宿泊先で、春にサーチャージ料金が改定されることが多いため、その時期を確認した上で航空券を手配する。日本からフランスへの直行便(現在の所要時間は約14時間)の料金は高止まりしており、トランジット1回は選択肢に入れざるをえない。考え方によっては、例えば中国の航空会社を利用して東京から上海まで行き、そこで乗り換えがスムーズであれば、上海からパリは11時間ほどで済むため、全体の所要時間もそこまで長くはなく、体力的にも楽だ。乗り換え時間が長い場合、クレジットカード付帯サービスのラウンジ利用の有無によって快適な出張になるかどうかが変わってくる。直前に確認するのは大変なので、時間があるときに調べておくとよい。

今回我々はAirbnbを利用し、6名で宿を借りた。アパルトマン(appartement)は日本で言うところのマンションに相当し、3LDKの物件をシェアして合宿のような一週間の共同生活を送った。同じ学会に知り合いが複数参加する場合、例えば同じホテルに宿泊するだけでも、何かあったときすぐに相談できたりするので心強いだろう。なお、パリは地下鉄等の料金も高くなっているため、毎日の移動費やアクセスの良し悪しも考慮する必要があり、単純に宿泊費の安さだけを最優先にすればよいわけでもない。知り合いが他におらず一人で参加する、あるいは初めての渡航先で土地勘がない、等の場合には安全性を優先する必要もあるだろう。

実際の発表について、Derrida Todayではタイム・テーブルが当日近く(確定版は前週)になってから分かることがある。自分の発表が初日になってもよいという気持ちで準備しておくと焦らずに済む。今回、初日の午後最初のパネルに組まれたが、自分の発表が早めに済んでしまうとその他の発表を心穏やかに聴くことができるので、これも考え方次第だ。ただ、フライトでトラブルがあった場合(実際、この報告を書いている8月現在、出張で再度パリに来るのに台風の影響を受け、13時間遅れで宿に到着する羽目になった)、ギリギリの予定を組んでしまうと出番に間に合わない……といったことにもなりかねないので、可能な範囲で余裕を持ったスケジュールを立てる必要がある。

発表の手段について、伝統的にフランス語圏でも英語圏でもスライドや配布資料はあまりなく、原稿読み上げのみというスタイルを採る発表者は多い(今回自分が見ることのできた範囲では配布資料ありは1名のみ、会場校の若手なので印刷が容易だったという事情もあるだろう)。パワーポイントを用意する場合、多くの情報を詰め込んでしまう傾向にあるが、会場のスクリーンの大きさが読めない以上、できるだけスッキリさせる方が功を奏する場合がある。自分の場合、モントリオールでは基本的にパワーポイントは引用テクストの提示に絞り、仏語原文と英訳の双方を準備したが、20分の発表時間内に両者を適切なタイミングで使い分けるのは簡単ではない。前回のアテネ、今回のパリでは仏語原文に絞り、できるだけ1頁の行数を増やさないよう心がけた。目の悪い自分には1頁あたり5行が理想で、論点を見出し部分に挙げ、「今、何について話しているのか」が明確に伝わるようにするとリアクションを得やすくなるだろう。また、パワーポイントに映さない「地の文」について、ネイティヴのように話せる必要はないが、明瞭に話す努力が大切なのは言うまでもない。内容が重要なのは当然だが、こうした点に少しずつ留意するだけでも、パネル内や、その後のコーヒーブレイク時にリアクションを貰える可能性が上がるはずだ。

その他、「海外出張持ち物リスト」の類は検索すればネット上に多々見つかるが、あると便利だと思うものを挙げておく。高級ホテルでもないかぎり基本的にアメニティには期待できないという原則のもと、各自必要なものをアレンジされたい。

・ノイズ・キャンセリング・イヤフォン(長時間の移動で作業・休憩する時に便利)
・ファイルのオフライン化(機内で使えるよう、クラウド上のファイル等はあらかじめ端末に保存しておく)
・PC用電源ケーブル(通常日本で購入したアダプター本体は240Vまで対応していても、コンセント〜アダプター間のケーブルが海外の高電圧に未対応な場合があるため、適切なものをあらかじめ用意)
・PC用セキュリティ・ワイヤー、セキュリティ・ロック
・使い捨てスリッパ(飛行機やホテル用)
・日本製のティッシュペーパー(海外のものはゴツくてかたいものがしばしば)
・Brita等のボトル型浄水器(場所を問わず水が飲める、ただし当該水道水が飲用基準を満たしている必要がある)
・試供品サイズのシャンプー類、化粧水類


(記:柿並良佑)